日銀のETF買いの基準が時期によって大きく異なるのはなぜなのか?
日銀が7月31日に行った施策変更について、さまざまな考察が飛び交っています。
ご存じの方は多いと思いますが、基本的に7月末に打ち出されたのは下記の3点です
・長短金利操作に関して、金利の変動幅を従来の2倍に拡大(事実上、0.1ー>0.2%へのやや金利高を容認)
・ETF買いを225型からTOPIX型重視へ。ただし買い入れ額は上下に変動しうる。
・フォワードガイダンスを表明
(2019 年 10 月消費税率引き上げの影響を含めた経済の不確実性を踏まえ、当分の間、現在の極めて低い長短金利の水準を維持)
10日ほど経過した今となっては、ドル円が一時的に円安に動いたもののまた111円前後に落ちてしまったとか、銀行株もまた下落しちゃいましたね、とか、そういう話題はさておくとして。
上記の中で、フォワードガイダンスは何を示しているのか、ということが個人的にまずモヤモヤしました。
黒田総裁の真意がよくわからないので、ラジオNIKKEIで解説者がどんなことを言っているかも少し注意していたところ、
町田徹氏が言っていた下記の内容、
「“消費税値上げを行う方針であるならば金融緩和は続ける”、という、財務官僚OBとしての黒田総裁の増税サポート表明であろう」
というのが、私には一番納得感のあるわかりやすいものでした。
また、ETF買いについても、スタンスがどう変わるのか?というのはどうしたって気にかかるところです。
「225型よりTOPIX型を重視していく」だけではなく「買い入れ額は上下に変動しうる」という、あいまいな文言が出てきただけに。
「TOPIXが●%下がったら買うのか、基準が変わっているのではないか」という話題も出るようになっています。
そこで、まず状況を整理してみます。
日銀のETF買いはどのような状況で行われてきているのか、整理した表を作ってみました。
何を具体的に示すための表なのかについて、下記を考えました。
・700億円/day以上の介入を行うようになった2016年8月以降の月次の回数の推移を表示
・ETF買いがあった日の指数(TOPIXおよびNK225)の「安値の対前日終値比」を「沈み幅」とし、月ごとに沈み幅の最小値を求める
※たとえば、ある月で、買い入れ日の指数の安値の対前日比が-1.5%、-1.2%、-0.9%だったとすれば「-0.9%」がその月の沈み幅の最小値。
? ? ? ? その月、どの程度の指数の下落を基準として買い入れを実施したのかを推測する手がかりとなる
(厳密には日銀は前場の動きで判断を行っていると思われるので、前場だけのデータがほしいが手元にないので日足の安値で分析)
・買い入れペースにおよその基準があるものと仮定し、その「巡航速度」より買い入れ回数が少ない状態を「余裕度がある」ものとする
※具体的には月ごとに6.5回のペースと推定し、それより買い入れ回数が少ないときは正の「余裕度」があるものとして、回数の差分を表示。
たとえば2月時点で1-2月の買い入れ回数が述べ11回とすれば、巡航速度は6.5/月x2=13回なので、余裕度は13-11=2となる
余裕度が大きくマイナスのときは、オーバーペースで買い入れを行っているため、近いうち買い入れに慎重になると推測できる
年 | 月 | 買入回数 | 余裕度 | TOPIX沈み幅最小(%) | NK沈み幅最小(%) | 備考 |
2016 | 8 | 4 | 2.5 | -0.38 | -0.46 | |
2016 | 9 | 11 | -2 | -0.37 | -0.08 | オーバーペース |
2016 | 10 | 4 | 0.5 | -0.29 | -0.13 | |
2016 | 11 | 5 | 2 | -0.55 | -0.49 | 慎重 |
2016 | 12 | 10 | ? | -0.32 | -0.18 | 貯金放出 |
年 | 月 | 買入回数 | 余裕度 | TOPIX沈み幅最小(%) | NK沈み幅最小(%) | 備考 |
2017 | 1 | 8 | -1.5 | -0.90 | -0.85 | |
2017 | 2 | 7 | -2 | -0.58 | -0.60 | |
2017 | 3 | 7 | -2.5 | -0.46 | -0.36 | ややオーバーペース |
2017 | 4 | 7 | -3 | -0.48 | -0.61 | |
2017 | 5 | 5 | -1.5 | -0.39 | -0.29 | |
2017 | 6 | 5 | 0 | -0.19 | -0.10 | |
2017 | 7 | 6 | 0.5 | -0.31 | -0.17 | |
2017 | 8 | 9 | -2 | -0.31 | -0.27 | オーバーペース |
2017 | 9 | 6 | -1.5 | -0.48 | -0.38 | |
2017 | 10 | 2 | 3 | -0.56 | -0.40 | 慎重 |
2017 | 11 | 8 | 1.5 | -0.39 | -0.25 | |
2017 | 12 | 8 | ? | -0.16 | -0.11 | 貯金放出 |
年 | 月 | 買入回数 | 余裕度 | TOPIX沈み幅最小(%) | NK沈み幅最小(%) | 備考 |
2018 | 1 | 6 | 0.5 | -0.63 | -0.51 | |
2018 | 2 | 8 | -1 | -1.18 | -1.38 | 慎重 |
2018 | 3 | 11 | -5.5 | -0.35 | -0.14 | かなりのオーバーペース |
2018 | 4 | 3 | -2 | -0.23 | -0.25 | 穏やかな相場で出番少ない |
2018 | 5 | 8 | -3.5 | -0.28 | -0.18 | オーバーペース |
2018 | 6 | 10 | -7 | -0.46 | -0.50 | シビアな月でかなりオーバーペース |
2018 | 7 | 3 | -3.5 | -0.47 | -0.83 | 慎重 |
2018 | 8 | 1 | -1.26 | -1.44 | (おそらく慎重?) |
なぜこのように指数の沈み幅を月ごとに観察したかったかというと、
「前日よりTOPIXが●%下がったら来るはずなのに来なかった。やっぱりテーパリングなのだろうか」とか
「今年はあまり日銀が買いにこなくなった気がする」とかいろいろな意見や仮説を見かけるのですが、
そもそも買い入れに一律的な基準というのがあるのかまず検証の必要があると考えたからです。
最初はまず、指数の沈み幅と買入回数の推移だけを見たのですが、ずいぶん月によって変動しているので、
「買入が多すぎる、少なすぎるというのを判断する基準」があれば理解しやすくなるかと思い、
2017年の実績を基に、「1か月で6.5回のペース」を基準を表に入れてみたら、かなり納得感が出ました。
さて上の表をみてわかることをざっと書いていきます。
2016年
・2016年後半は比較的穏やかな相場で日銀は買い入れのペースをつかみやすかったと思われる。
8月に余裕が生じたため、9−10月は緩い基準(下落幅が小さくても出動)で運用。
11月はなぜか慎重で5回と抑え気味。
そのぶん12月には10回の買い入れを行い、貯金放出
2017年
・年の初めは、基準を少し厳しくしても、極端に回数が多くなるのを避ける傾向が感じられる。
1−2月は時々大きく指数が下げる日があったが、結果的には、やや厳しめの基準での運用であった。
4月まで少しオーバーペース気味だったが、5-12月は8月を除けば穏やかで買い入れペースをつかみやすい相場。
おおむね緩めの基準での買い入れとなった
2018年
・2018年も1-2月は、巡航速度を守ることを強く意識しての運用だったと思われる。その結果、2月の買い入れ基準は-1%以上の下げと厳しかった。
1−2月が慎重すぎたと日銀は考えたのであろうか、3月はずいぶん緩めの基準で11回もの買い入れを実施。
3月を終えた時点で述べ買い入れ回数は25回で、巡航速度6.5 x 3 =19.5に対して、余裕度は-5.5とかなりなオーバーペースとなってしまった。
4月は非常に穏やかな相場だったので、出動の必要性はほぼなかったと思われるが、緩い基準で3回の買い入れを行った。
5月は下旬までは穏やかな相場だったので、オーバーペースを解消できるかに思われたが、下旬の相場は厳しく、
5/23-5/30に6営業日連続で買い入れを実施。再びオーバーペースに。
6月も引き続きシビアな相場であり、10回の買い入れを実施。6月を終えて延べ46回の買い入れは6.5 x 6 =39回の巡航速度に対して
7回も上回るオーバーペース。
この1-6月のハイペースの反動で7月は厳しめの運用となったと思われる。買い入れは3回のみ。余裕度は-3.5まで回復。
8月も引き続き慎重な運用姿勢になっていると考えられる。上旬を終えてまだ1度しか買い入れを実施していない。
・・・・ということで、こうして月次の買い入れ回数や、買い入れ日の指数の下落幅の変動をみると、
日銀がなぜ、買い入れの基準を時期によって緩めたり厳しくしたりしているのか、わかるような気がしませんか?
先の見えない相場を相手に、いかに買い入れを平準的なペースで行うかに、四苦八苦しているのがわかる気がするのです。
特に、今年2018年に関しては、700億円規模の買い入れを行うようになって以降、最も、ペースをつかむのが難しい年でしょう。
それにしても、3月の出動回数の多さは、ちょっと極端だったように思います。世間のテーパリング観測に意地になったのでしょうか?
4月は良い相場だったので買い入れを実施する必要などなかったようにも思えますが、日銀はここでも、
「買い入れ回数が3回はないと、テーパリングで騒がれることになる」と世間の反応を気にしたのかもしれません。
結果的に、今年は7月を終えた時点でまだオーバーペースですから、
この8月もあまり緩い基準では買い入れは行わないであろうと推測できます。おそらく-0.5%程度の下げが必要でしょう。
これはテーパリングがどうとかいうこととは関係のない話で、単純に、今年の相場がシビアに推移してきたため、という話のように思います。
もし8-9月の相場が穏やかで、ほとんどの買い入れが必要ないくらいに推移すれば、余裕が生じて、
10-12月は緩い下げでの買い出動も期待できると思いますが・・・・おそらく、相場の先行きはそんなに甘くないでしょうね。
ということで、黒田総裁や日銀部隊の考えていることがこれだけでわかったとまでは思いませんが
「ETFの買い入れ基準が変動しているのは、テーパリングなのか」という疑問については、
一つの答えを見出したような気になっております。
黒田総裁の表明内容には、「買い入れ額が変動しうる」という言葉もありましたが、これはまだ謎ですね。
思いつけることとしては、オーバーペースの状態で、4月のように穏やかな月があったときに、額を減らして回数だけは3回実施するというような
月が出てくる可能性を言っているかもしれません。
日銀のETF買いについては、次回も考える予定です。
ETF買いというのは、明確に株価を動かす施策ですから、もう少し違う角度からも、考えてみたいと思っています。HTML Comment Box is loading comments...